History + Sociology
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Posted by admin on 23 5月 2009 | Tagged as: History + Sociology
現在の国家主権などで使われる「主権 Sovereignty」という概念は,歴史的にはヨーロッパにおいて中世が終わり,近代国家が誕生する過程で生じたものである。日本においては,主権の形骸化が進んでいると言われるようになって久しいが,そもそも主権とは何かを考えてみたい。
中世ヨーロッパの秩序においては、俗界の皇帝や諸侯は、多かれ少なかれ、ローマ・カトリック教会の権威に従属していた。また、俗界の支配関係は、土地を媒介として重層的に支配服従関係が織り成される封建制により規律されていた。例えば、神聖ローマ帝国においては、領邦君主は帝国等族として皇帝に従属し、領邦においては、領邦等族が領邦君主に従属していた。
しかし、このような中世的秩序は、次のような過程を経て、徐々に崩壊していくことになる:
・マルティン・ルター等の宗教改革により、ローマ・カトリック教会の宗教的・政治的権威が揺らいだ。
・宗派間対立の妥協として、アウグスブルクの宗教和議により「ある者に領土の属する場合には、その者に宗教もまた属する(cuius regio, eius religio)」という領邦教会制が生まれた。この結果、領邦君主が領邦の宗教をルター派とすることにより、カトリック教会の支配から独立することが可能となった。
・宗教戦争である三十年戦争が勃発した。その講和条約として、ヴェストファーレン条約が締結された結果、ヴェストファーレン体制という勢力均衡の国際的な枠組が生まれ、国際法上国家は平等であるという原則が形成された。
・ナポレオンの侵攻が原因で、神聖ローマ帝国において次のことが起こった。
・世俗化(Säklarisation)により、聖界諸侯の領邦は廃止された。
・陪臣化(Mediatisierung)により、すべての聖界諸侯と多くの俗界諸侯が、皇帝ではなく領邦君主からレーン権(Lehnsrecht)を封じられることになった。つまり、帝国直属の等族(reichsunmittelbare Stände)ではなくなった。結果として、残存した領邦は大規模化した。
・皇帝の廃位によって、神聖ローマ帝国は消滅した。この結果、領邦国家は、法的には他者に従属しない存在となった。
[quoted from 主権@Wikipedia]
封建制時代の中世ヨーロッパにおいては,権威・権力がモザイク状に多層構造をなしていたことが分かる。ある地域の領民からすると,遙か雲の上には絶対的権威としてのローマ教皇がいる一方,権力者としての皇帝もおり,年貢を納めるのは地主(領邦君主)であるという状態である。(実際には教会という形で在地のカトリック派出所は存在し,寄付という名目のの納税も必要であった。)このカトリック教会の権威支配(覇権)と皇帝による物質的支配の両方が,宗教戦争によって弱体化したことによって,中世は終焉を迎えた。
このカトリック教会覇権の衰退によって,多重ピラミッド構造が崩れたヨーロッパは,ヴェストファーレン(ウェストファリア)体制のもと勢力均衡による和平の構築を模索し始める。領邦同士が自国の絶対的内政権を主張する一方,他国に対しては干渉しないという建前を認め合い,排他的な主権=国境が定められた。その結果,人口や経済規模などに関係なく,平等な主権を有する共同体として互いに主権を認め合うことで,近代国家が生じた。
現在の政治学においては,主権は以下のようなものとみなされている。
ヴェストファーレン体制後に主権という概念が生じたとき,当時はまだ「国民主権」「人民主権」という概念は存在せず,基本的には「君主主権」であった。すなわち,平等な権利を有し独立した存在としての領邦国家(生まれたばかりの近代国家)は,その領邦君主が絶対的に統治するということである。そういう意味では,この段階で自国内決定権を行使する「自由」が誕生したと言えるだろう。
その後,フランス革命が勃発し,ヨーロッパにおいて次々に君主が倒され,もしくは表面上権力を剥奪され,国民国家(nation state)が誕生し始める。すなわち,民族・国民という単位で一つの国家を形成しようとする試みである。この国民国家のブームは,20世紀の民族自決主義やナショナリズムを産み現在まで引き継がれている。
国民という概念が誕生したことによって,同じ国家内の人々同士「広義の郷土民・仲間」として共同体意識が生まれ,戦争遂行や産業育成の際に動員できる人員数が格段に増えた。その結果,国民国家はその動員力を活かし,経済的・軍事的に旧来の領邦国家を凌駕していくことになる。
ただ,この国民国家という概念には欠陥があり,自国民(あるいは自民族)への共同体意識と同時にその副産物として多国民・他民族に対するルサンチマンが生じる。ナルシズムとルサンチマンである。ユーゴスラビアや中東,チベット,アフリカの民族紛争などを考えてみれば分かるが,現実には民族・宗教・政治主権はそれぞれ全く別の線で区切られているのであり,純血主義・民族自決など不可能である。そのため,政治主権と民族意識の齟齬が生じた場合,大量の民族難民を産み,また民族浄化というおぞましい結末を招いてしまう。また,民族というのは細かく分ければいくらでも細分化出来るのであり,広大な領土を維持するのは不可能である。
この国民国家の弊害を乗り越えようとして,国家の中に自治州という形で,民族国家を組み込んだのが連邦国家である。現在で言えば,アメリカ合衆国・中華人民共和国・ドイツ連邦共和国・ロシア連邦・スイス連邦など比較的広大な土地を抱えている国や多民族を抱えている国は,完全な中央集権体制ではなく,分権体制を取ることでバランスを取っている。これは主権の中に,さらに「ミニ主権」を用意し,ミニ主権同士が平等な権利を得られるということで不満を吸収しているのだろう。
産業革命以後,爆発的にグローバル化が進み,物流面(貿易)やマネー(金融),戦争(ミサイル・衛星)は世界的に国境を越えて行われることとなった。従来は,貿易も金融も戦争も,主権国家が「自らの意志のみで」決定可能であった。しかし,技術革新によりもはや主権国家が貿易や金融を制限することも,また自国の意志のみで戦争を行うことも極めて困難になっている。
例えば,軍事力に関して言えば,冷戦期は東西陣営の同盟諸国との団結が要求され,自国のみの裁量権はもはや失われている。冷戦後になれば,今度は米国が世界の軍事力の過半を占めるに至り,最先端軍事技術(ピンポイント爆撃など)もアメリカが圧倒的優位に立っている。本来ならば,内政の延長・外交の延長で,問題解決の手段として行使されてきた軍事力が(自国だけの意志では振り回せないという意味で)形骸化し,実際の意志決定権を有しているのは国連やEUなど超国家の決議である。また,その用途も以前のような領土拡張などが目的ではなく,対テロ戦争や,対人権抑圧国家への軍事制裁など「きれいな正義の戦争」しか許されないような風潮になっている。
また,貿易や金融面に関しても,もはや各国政府が独自の政策を打ち出したところで,多国籍企業が一瞬で国家予算に匹敵する額の取引を行えてしまうため,なかなか効果が発揮できない。そのため,政府間の協調作戦によって景気のコントロールや通貨のコントロールを行おうとしているが,これもまた主権の無力化の象徴といえよう。
以上のように,現在の国民国家体制・主権国家体制はグローバル化の波の中でその威光を失いつつある。最近では国家資本主義(State Capitalism)という名の産業振興が行われているが,従来とは比べものにならないぐらい経済も貿易も拡大してしまい,国家政策一つでトレンドを変えることは難しい。日本もまた,建前としては国民主権であり,我々の選挙での一票が国のを動かすと信じている。しかしながら,実際には理想的な条件が整い,国民の意思が正確に国政に反映されたとしても,我々の意志そのものである主権国家が実際に世の中のトレンドを動かすことが出来るかというと疑問が残る。今は近代から次の時代への過渡期へと差し掛かっており,現在の国家体制は数十年のうちに様変わりし,さまざまな実験的国家体制が生まれるだろう。主権国家の弱体化の後に,どのような共同体が望ましいのか,次の実験国家のグランドデザインを考えるときがきているのかも知れない。
Podcast 佐々木毅「権力と自由の生態について」